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個人と医療法人の開設形態による医院継承実務上の違いについて

  • 医療継承コラム

本日は医院継承するクリニックが個人開設か?医療法人開設か?その開設形態による違いというテーマについてお伝えいたします。

そもそもクリニックには医師個人が開設するクリニックと医療法人が開設するクリニックがあります。加えて最近では一般社団法人が開設するクリニックもみられるようになりました。医療法において営利を目的としたクリニックの開設は認めておりませんが、特定の法人をクリニックの開設者から排除する規定は設けられていないため、非営利性が認められれば一般社団法人でもクリニックを開設することができます。一般社団法人によるクリニック開設については以下のコラムで詳しくお伝えしていますのでよろしければご覧ください。それでは個人開設と医療法人開設のクリニックの違いについてみていきたいと思います。

一般社団法人によるクリニック開設について

個人開設と医療法人開設の相違点一覧

まず個人開設のクリニックと医療法人開設のクリニックの違いを一覧にまとめると以下の通りとなります。

個人 医療法人
譲渡スキーム 事業譲渡 出資持分譲渡+社員入れ替え
行政手続き 廃止・新規 理事長と管理者の変更
保険医療機関コード 変わる 変わらない
診療報酬遡及請求 不要
譲渡対価支払方法 買手個人から売手個人へ譲渡対価支払

①買手個人から売手個人へ出資持分譲渡対価支払

②医療法人から売手個人へ退職慰労金支払

※実務上は①と②を合わせて行うケースが多い

資金調達 買手個人 買手個人(出資持分)と医療法人(退職慰労金)
各種契約関係 契約のまき直し 従前の契約を引き継ぐ
税金 譲渡資産により異なる(総合課税、分離課税) 出資持分は分離課税(税率20%)

退職金は所得税(退職所得控除適用あり)

それでは項目ごとにみていきましょう。

譲渡スキームについての違い

まずは譲渡スキームについてみていきたいと思います。M&Aにおける譲渡スキームは様々な手法がありますが、医院継承、クリニックM&Aにおいては事業譲渡もしくは、出資持分譲渡のいずれかの方法により行います。医療法人の場合、分割や合併によるスキームもありますが、クリニックの事業継承で行うことは稀ですのでここでは割愛させていただきます。

個人開設のクリニックを継承する場合は事業譲渡により、売手個人から買手個人もしくは医療法人にクリニックの経営権を譲渡します。医療法人開設のクリニックを継承する場合は、医療法人の出資持分譲渡と社員を入れ替えることによりクリニックの経営権を譲渡します。

株式会社のM&Aでは、株式を譲渡することで、取締役の入れ替えを伴わなくとも経営権を取得することができます。これは株主が取締役の選任権を持っているためです。一方、医療法人の場合は、出資持分の保有と役員の選任権は切り離されています。医療法人の役員は社員が社員総会において選任しますので、役員を選任するためには社員になる必要があります。つまり出資持分を保有しただけでは医療法人の財産権取得にとどまり、役員の選任権はないため、完全に経営権を取得したとは言えません。医療法人を継承する場合は、出資持分譲渡と社員入れ替えを両方行う必要があります。

行政手続き上の違い

個人事業の場合、事業譲渡により開設者が変わりますので、保健所、厚生局、税務署等の行政手続きは、廃止、新規の扱いとなり、売手が廃止届を買手が開設届をそれぞれ提出します。一方、医療法人の場合、開設者そのものは医療法人のまま変わりませんので、保健所、厚生局には理事長と管理者の変更届、合わせて税務署や労基署等には代表者変更の届出を行います。

保険医療機関コード変更有無についての違い

個人事業の場合、前述の通り開設者が変わりますので、クリニックの保険医療機関コードも変わります。医院継承後、最初に行う診療報酬請求は前院長時代の診療報酬請求を行うため(4月1日付継承の場合、3月診療分は4月初旬に診療報酬の請求を行うため)、電子カルテ及びレセコンの保険医療機関コード切り替えが必要になりますので、事前に電子カルテメーカーの担当者に相談しておくと良いでしょう。一方、医療法人継承の場合は、クリニックの開設者は医療法人のままで保険医療機関コードも変わりませんので、従前どおり診療報酬の請求を行うことができます。

診療報酬の遡及請求についての違い

個人事業の場合、保険医療機関コードが変わることは既にお伝えしました。クリニックで保険診療を行う場合、診療を行う前月10日までに厚生局へ保険医療機関指定申請を行う必要があります。新規開業であれば開業前月に問題なく指定申請を提出することができます。一方、医院継承の場合は、開業前月はまだ前院長が診療を行っているため、同じクリニックで重ねて指定申請を提出することはできません。よって継承開業したあとに(前院長の廃業届が出されたあと)に厚生局へ指定申請を行うことになります。保険診療を行う場合は、診療を行う前月の10日までに指定申請を行う必要があることを既にお伝えしましたが、そうすると継承開業後に指定申請を提出することになりますので、保険診療ができるのは継承した翌月からということになり、その結果1カ月間保険診療ができない期間が生じてしまいます。こうなってしまうと通院している患者さんが困ってしまいますので、保険診療が途切れないように厚生局へ遡及請求の申請を行う必要があります。

遡及請求は保険診療の継続性を担保するための制度ですので、遡及請求を認めてもらうには、診療の継続性が大切になります。診療の継続性とは、カルテが引き継がれること、休診なく診療が継続されることなどが求められ、行政によっては後継者の継承前の非常勤医としての勤務実績がないと遡及請求を認めてくれないこともあります。遡及請求することができないとスムーズに診療を引き継ぐことができなくなってしまうため注意が必要です。医療法人の場合は、開設者や保険医療機関コードは変わりませんので、遡及請求の必要はありません。

少し話が変わりますが、カルテの引継ぎに関して、「患者の同意を得ないでカルテを後継者に引継いでしまって大丈夫なのか?個人情報保護法に抵触するのではないか?」ということを心配される声を頂くことがあります。事業承継における顧客の個人情報の引き継ぎに関しては、その目的が従前の利用目的の範囲内であれば個人情報保護法に抵触することはありませんのでご安心ください。カルテ引継ぎと個人情報の取り扱いについては以下のコラムで詳しく触れておりますのでよろしければご覧ください。

カルテ引継ぎは個人情報保護法違反!?医院継承時のカルテの取り扱いと個人情報保護法について

譲渡対価支払方法についての違い

続いて譲渡対価支払方法についてみていきましょう。事業譲渡の場合は、買手個人(あるいは医療法人)から売手個人に直接譲渡対価を支払います。医療法人を継承する場合は、出資持分の譲渡対価と、医療法人から売主個人への退職金の支払いを組み合わせることが一般的です。出資持分は売手が個人で医療法人に出資し保有しているため、売手個人が保有する出資持分を買手個人に譲渡し、それに伴う譲渡対価を買手から売手へ支払います。

資金調達についての違い

次は資金調達についてです。事業譲渡の場合、買手個人から売手個人に譲渡対価を支払うため、買手個人の自己資金で譲渡対価を支払うことができない場合、金融機関から融資を受けることになります。この場合、譲渡対価を支払うのは買手個人ですので、買手個人が融資をうけることになります。一方、医療法人は出資持分の買取と医療法人から売主に対する退職金を合わせて譲渡対価を支払うケースが多いことを既にお伝えしました。出資持分は売手個人から買手個人が買い取りますので、出資持分の買取資金は買手個人の自己資金もしくは買手個人が融資を受けて売手個人へ対価を支払うことになります。他方医療法人から売手個人に対する退職金原資は法人内部の現預金に加え、不足分は医療法人が金融機関から借り入れを行います。医療法人が融資を受けると、売手側にも連帯して返済の責任が及ぶのではないかと心配される方もおられるかと思いますが、あくまでも借入は医療法人であり、連帯保証人が必要な場合、買手が連帯保証人になりますので、売手個人に債務の連帯責任が及ぶことはありません。

各種契約関係についての違い

クリニックを経営するうえでは、不動産賃貸借契約、医薬品卸や臨床検査会社との取引基本契約、医療機器保守契約、リース契約、電気・ガス・水道・NTT等のライフラインなど様々な契約が取り交わす必要があります。事業譲渡の場合は、事業主が変わるため、各取引業者との間で買手後継者が新たに契約を締結し直す必要があります。一方、医療法人の場合は、各取引業者との契約主体は医療法人であるため、新たに契約を締結する必要はなく、従前の契約をそのまま引き継ぐことになります。医療法人名義の契約であっても、その契約に対して売手個人が連帯保証人になっている場合がありますので、その場合は連帯保証人を変更する必要がありますので注意してください。不動産賃貸借契約などでは連帯保証人になっているケースが多いと思います。

税金についての違い

最後に税金についてです。税金は主に売手側にとって影響する項目になります。まずは事業譲渡の場合の税金についてみていきましょう。事業譲渡では、買手から受け取った譲渡対価に対して譲渡益が生じた場合、譲渡益に対して課税されます。課税方法は課税譲渡資産によって分離課税、総合課税に分かれ、不動産は分離課税、医療機器や営業権は総合課税となります。

分離課税は、他の所得とは分離して税額を計算し確定申告により税額を納税します。税率は譲渡資産の保有年数に応じて異なり以下の通りとなります。

■事業譲渡における譲渡所得のうち分離課税に関する税率

区分 税率
短期譲渡所得

(譲渡した年の1月1日現在の所有期間が5年以下)

譲渡所得金額×41.1%

(所得税30%+復興特別所得税2.1%+住民税9%)

長期譲渡所得

(譲渡した年の1月1日現在の所有期間が5年を超える)

譲渡所得金額×22,1%

(所得税15%+復興特別所得税2.1%+住民税5%)

総合課税は、給与所得や事業所得、不動産所得(家賃収入)、雑所得など他の所得と合計して所得税を計算します。総合課税の課税所得額に応じた税率は以下の通りとなります。

■事業譲渡における譲渡所得のうち総合課税に関する税率

課税される所得金額 税率 控除額
1,000円 から 1,949,000円まで 5% 0円
1,950,000円 から 3,299,000円まで 10% 97,500円
3,300,000円 から 6,949,000円まで 20% 427,500円
6,950,000円 から 8,999,000円まで 23% 636,000円
9,000,000円 から 17,999,000円まで 33% 1,536,000円
18,000,000円 から 39,999,000円まで 40% 2,796,000円
40,000,000円 以上 45% 4,796,000円

次に医療法人の場合を見ていきましょう。医療法人の譲渡対価は出資持分譲渡と、医療法人からの退職金を合わせて支払うケースが一般的であることは既にお伝えしました。出資持分の譲渡により譲渡益が生じた場合は、分離課税となり、税率は以下の通りとなります。

■出資持分譲渡における税率(分離課税)

区 分 税 率
出資持分譲渡に係る譲渡所得(譲渡益) 20%(所得税15%、住民税5%)

退職金は、長年の勤労に対する報償的給与として一時に支払われるものであるため、退職所得控除を設けたり、他の所得と分離して課税されるなど、通常の所得税と比較し、税負担が軽くなるよう配慮されています。退職金は課税所得金額により税率が異なりますが、少額であれば非課税となり、最高税率の適用を受けた場合であっても、ざっくりと退職金支給額の25%(1/4)程度の税率になります。以下国税庁のホームページに掲載されている計算表を転載します。

所得税額の算出方法(令和3年分)

画像をクリックいただきますと国税庁【退職金と税】のリンク先に進みます。

上記計算表の退職所得控除は以下の計算により求めます。

勤続年数 退職所得控除額
20年以下 40万円×勤続年数
20年超 800万円+70万円×(勤続年数ー20年

上記計算表で算出した課税退職所得金額×B税率-C控除額により税額を算出します。

A 課税退職所得金額 B 税率 C 控除額
1,000円から1,949,000円まで 5% 0円
1,950,000円から3,299,000円まで 10% 97,500円
3,300,000円から6,949,000円まで 20% 427,500円
6,950,000円から8,999,000円まで 23% 636,000円
9,000,000円から17,999,000円まで 33% 1,536,000円
18,000,000円から39,999,000円まで 40% 2,796,000円
40,000,000円以上 45% 4,796,000円

退職所得税に関して、詳しくは以下国税庁のホームページをご参照ください。

【国税庁HP】退職金と税

まとめ

いかがでしたでしょうか?個人開設のクリニックと医療法人開設のクリニック、それぞれどのような違いがあるかご理解いただけたでしょうか?個人開設のクリニックは、診療報酬の遡及請求が必要になり、各種契約関係も新たに締結する必要がありますので、そうした手続きが煩雑な反面、事業主が変わるため、前院長時代の簿外債務などリスクを引き継ぐ心配がないというメリットもあります。医療法人継承の場合は、代表者の変更届を行うことで、各種契約関係はそのまま包括継承されますので、手続きが簡便です。その反面、あらゆる権利義務を包括的に継承するため、簿外債務債務や訴訟リスクなどリスクを引き継いでしまう可能性があります。

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※本コラムは2022年1月15日に加筆修正いたしました。


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