なぜ「持分なし医療法人」が生まれたのか? ~制度改正の背景としくみ~

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こんにちは。医院継承・クリニックM&A支援のメディカルプラスです。弊社で医療法人の継承支援を行う際には、持分についての会話がよく交わされます。医療法人には「持分あり」と「持分なし」という二つの形があり、どちらを選ぶかによって相続・贈与・M&Aの際の取り扱いが変わることがあるのです。一方ではじめて医療法人の継承に触れる先生には、耳にすることはあっても、日常の中ではややなじみの薄い言葉であるかと存じます。
本稿では、「持分なし医療法人」が誕生した背景や制度の仕組みを中心に、従来の「持分あり医療法人」との違い、そして移行を検討する際のポイントを整理いたします。医療法人制度を理解することは、経営や医院継承を考えるうえでの一歩となりますので、ぜひクリニックの将来設計を考える際の参考としていただけますと幸いです。
「持分なし医療法人」が生まれた背景
本題に入る前に、まず「持分(もちぶん)」という言葉を整理しておきましょう。「持分」とは医療法人を立ち上げる際に出資したお金の割合に応じて持つ権利のことです。株式会社でいえば「株式」に近い考え方で、法人を解散した際には持分割合に応じ、残った財産を受け取ることができました。法人の財産が院長個人の財産とみなされ、相続税や贈与税の課税対象にもなっていたのです。この「持分あり医療法人」という形が長く主流でしたが、「相続発生時に高額な相続税が発生する」、「払戻請求権をめぐって親族間でトラブルになる」、「内部留保が個人資産のように扱われ、医療法人の非営利性が揺らぐ」といった課題も抱えていました。
こうした課題を解消するために、2007年(平成19年)の医療法改正で「持分なし医療法人」制度が新しく設けられ、従来の「持分あり医療法人」の新設が認められなくなりました。この「持分なし医療法人」では出資者個人の財産権が法人から切り離され、法人を解散しても残余財産は出資者に分配されず、国や自治体などの公的機関に帰属します。相続や継承をめぐる不安が軽減され、医療の継続性をより安定的に保てるようになる、そういった方向での医療法改正でした。
*出典:厚生労働省「改正医療法に伴う医療法人の移行」
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/11-2/kousei-data/PDF/23010217.pdf
この持分なし制度が導入されてから実に17年以上が経ち、徐々に移行は進んでいますが、持分なしでスタートした医療法人の多くはまだ院長が50代前後とも考えられ、これからまさに医院継承やM&Aを意識し始める時期を迎えようとしています。制度の意義が本当に問われるのはここからとも言えるでしょう。持分あり・なし別に見る医療法人数の推移は、以下記事にグラフもございますので、ご参照ください。
「持分あり」と「持分なし」の違いとは?
それでは前章でご説明した制度導入の背景を念頭に、「持分あり医療法人」と「持分なし医療法人」の主な違いを整理いたします。どちらも医療法人であることに変わりはありませんが、財産の扱い方や相続・税務の考え方には大きな違いがあります。
■持分あり・なしの比較
比較項目 | 持分あり医療法人 | 持分なし医療法人 |
財産権の所在 | 出資者(院長など)個人に帰属 | 法人そのものに帰属 |
解散時の残余財産 | 出資割合に応じて分配可能 | 国や自治体などに帰属 |
相続・贈与税 | 相続・贈与の対象となる | 課税対象外(非課税) |
払戻請求権 | 出資者にあり(相続も可能) | なし |
非営利性の確保 | 個人資産と混同されやすい | 法人格として独立・安定 |
M&A・承継への影響 | 出資持分を譲渡可能(柔軟) | 制度上の制限あり、認定手続きが必要 |
こうして見ると、持分あり医療法人は「個人の財産としての側面が強い」のに対し、持分なし医療法人は「法人としての独立性が高い」という点に大きな違いがあります。どちらが良い悪いというものではなく、
● 後継者がいる場合は「相続時の税負担」
● 後継者がいない場合は「法人としての譲渡可能性」
といった視点から、それぞれの特徴を踏まえて判断することが大切です。たとえば、親族への継承を前提にしている場合は、相続発生時の持分評価額(=相続税額)をどうコントロールするかが重要になります。一方で、第三者医院継承を視野に入れる場合は、法人そのものの譲渡スキームをどう設計するか、つまり医療法人をどのように次世代へ繋いでいくかを考えることになります。そのため持分のあり・なしの違いを理解しておくことは必要といえるでしょう。
「持分なし」への移行を後押しする「新認定医療法人制度」
持分なし医療法人について理解を進めると、次に浮かぶのは「うちは今持分ありだけれど、持分なしにした方がいいのか?」という疑問かもしれません。国は2007年(平成19年)の医療法改正以降、持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行を促すための制度を、段階的に整えてきました。その中心となるのが、平成29年度の税制改正で創設された「新認定医療法人制度」です。
制度の概要
「新認定医療法人制度」は、一定の要件を満たした医療法人が持分なし医療法人へ移行する場合、出資者に発生する相続税や贈与税の課税を猶予・免除できるというものです。大元は平成26年度に始まった「認定医療法人制度」ですが、これを改正してより現実的に利用しやすく再設計されたのが、この「新認定医療法人制度」になります。
■ 新認定医療法人制度の主な認定要件(抜粋)
要件項目 | 内容の概要 |
役員構成 | 親族等が理事・監事の合計のうち3分の1以下であること |
運営基準 | 社会保険・労働保険の適正加入、決算書類の公開、定款変更手続きなどを遵守 |
事業継続性 | 医療の安定継続を目的とし、営利を目的としないこと |
社会保険等 | 職員がすべて社会保険・労働保険に加入していること |
定款規定 | 解散時の残余財産を国や自治体に帰属させる旨を明記すること |
*参考:厚生労働省「認定医療法人制度の概要」(制度説明PDF)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000084156_3.pdf
*参考:国税庁「措置法第70条の7の9:医療法人の持分に係る経済的利益についての贈与税の納税猶予」
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/sozoku/sochiho/080708/70_7/05_1.htm
*参考:厚生労働省「認定医療法人制度の延長等について」PDF
https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001341001.pdf
税制上の優遇措置
この認定を受けて「持分なし医療法人」へ移行した場合、出資者(多くは院長)の相続税・贈与税の課税が猶予または免除されます。また、法人そのものが贈与税を課されることもありません。つまり、実質的に税負担を抑えながらスムーズに非営利化できる仕組みです。ただし、この認定には期間制限や審査手続きがあり、制度の内容も改正ごとに細かく見直されています。そのため、移行を検討する場合は、最新の認定要件やスケジュールを確認しておくことが大切です。
医療法人ごとに事情はさまざまですが、「将来的に相続が発生する可能性が高い」「後継者がいない」など、資産と継承の課題を早めに整理しておきたいケースでは、この制度を活用することでリスクを大きく減らせます。次の章では、実際に「持分なし医療法人」へ移行することで得られるメリットと、注意しておくべきデメリットを見ていきましょう。
「持分なし医療法人」へ移行するメリット・デメリット
持分なし医療法人への移行は、単なる制度変更ではなく、医療法人のあり方そのものを見直すきっかけにもなります。ではメリットとデメリットを整理いたします。
■メリット
項 目 | 内 容 |
① 相続税・贈与税の負担がなくなる | 出資持分が消滅するため、相続や贈与の対象から外れます。承継時の高額な相続税リスクを回避できます。 |
② 経営の安定性が高まる | 財産が法人に帰属するため、出資者の交代や相続によって経営が揺らぐリスクが軽減されます。 |
③ 非営利性の明確化 | 医療法人の本来の目的である「地域医療の継続」に沿った形に整理され、信頼性が高まります。 |
④ 職員の安心感向上 | 「院長の資産」ではなく「法人の資産」となることで、職員の雇用継続や運営の安定につながります。 |
■デメリット
項 目 | 内 容 |
① 払戻請求権を失う | 出資した資金は返還されず、将来的に個人資産として回収することはできません。 |
② 資産の自由度が下がる | 不動産や設備を法人資産として固定するため、個人の判断で売却・処分が難しくなります。 |
③ 手続き・審査の負担 | 認定申請や定款変更などの手続きが必要で、専門家のサポートを要するケースもあります。 |
メリット・デメリットに鑑み、どちらを重視するかは「後継者がいるか」「医療法人として今後どうありたいのか」などを多角度から検討することになります。
どんな法人が「持分なし」への移行を検討するといいか
ここまで見てきたように、「持分なし医療法人」への移行には、相続・税務・運営の安定化というメリットがある一方で、資産の自由度を手放す側面があります。ここでは、移行を検討するきっかけになりやすいケースを、いくつかの観点から整理します。
① . 後継者がいない、もしくは親族承継を予定していない法人:
後継者がいない場合、相続時に出資持分の評価額が課税対象となり、高額な相続税負担が発生するリスクがあります。このようなケースでは、早めに「持分なし化」しておくことで、相続をめぐる不安を軽減し、第三者承継(M&A)も進めやすくなります。
➁. 後継者がいるが、相続トラブルを避けたい法人:
親族間承継を想定していても出資持分が財産権として残ることで、将来的に評価額や分配をめぐるトラブルが生じることがあります。非営利性を明確にし、後継者が経営に集中できる環境を整えるという観点からも、「持分なし化」は有効な選択肢です。
③. 利益剰余金や内部留保が多い法人:
法人の内部留保が大きい場合、出資持分の評価額も高くなり、結果として相続税負担が重くなる傾向にあります。資産を法人に帰属させる形で整理することで、将来的な税務リスクを抑制できるのも一つの理由です。
④. 医療法人として「公共性」を重視したい法人:
地域に根ざした医療を継続していくうえで、「経営の永続性」や「法人としての信頼性」を高めたい場合にも、持分なし化は理にかなっています。行政や他機関との連携を深めやすくなるという副次的な効果もあります。
もちろん、これらはあくまで一般的な判断の目安です。実際には、法人の財務状況や家族構成、理念などを踏まえて慎重に検討する必要があります。制度の目的は「一律の移行」ではなく、それぞれの法人が最適な形で医療を継続できるようにすることにありますので、その視点を持って考えることが大切です。
まとめ
「持分なし医療法人」は、医療法人をより公益的で安定した形に進化させるために生まれた制度です。持分あり・なし、どちらにもそれぞれの成り立ちと役割があり、どちらが良い、悪いと単純に分けられるものではありません。重要なのは、自院の将来像や経営の目的に合わせて、最適な形を選択することとお考えください。
たとえば、後継者がいる場合には、相続時のリスクや財産分配をどう考えるかが判断軸となります。一方で、後継者がいない場合やM&Aを視野に入れている場合には、「持分なし」への移行が選択肢となることもあります。制度は改正を重ねながら運用されていますが、医療法人の在り方を見直すタイミングは決して特別な時だけではありません。日々の経営を安定させ、将来の継承やM&Aを円滑に進めるためにも、早い段階で制度を理解し自院に合った方向性を整理しておくことをおすすめいたします。
医療法人数等の現況を知りたい方は、以下の記事もご参照ください。
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この記事の著者

豊島 太郎(とよしま たろう)
株式会社メディカルプラス コンサルティング営業本部 医院継承事業部 リーダー
豊富な業界経験に加え二級建築士の資格を持ち、クリニックの内装やインテリア関連の知識にも明るい多才なアドバイザー。建設不動産関連業務を約7年経験、その中で人それぞれの人生とその大切さについて深く考える出来事を多く経験。メディカルプラス参加後は5年間で約40件以上の継承に立ち会い、医師の人生のターニングポイントに立ち会うやりがいを原動力にサポートを行う。穏やかな物腰と優れた傾聴力に社内外から定評あり。
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