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連載コラム第9弾《医療の落とし穴》 #1~技術革新と医療~

  • 医療継承コラム

当社仲介により埼玉県草加市の「柳島クリニック」を継承開業されました、吉川英志先生より寄稿いただきました連載コラム『クリニックを継承開業した経験から見えた医院継承とは?』より、第9弾「医療の落とし穴 #1 ~技術革新と医療~」をお届いたします。ぜひ最後までご覧ください。

「溝」や「壁」が意味すること

先日、新潟県へ出かける機会があり、フォッサマグナの西北端で糸魚川市にある露頭を見て来ました。フォッサマグナはラテン語の「大きな溝」でして、その昔日本列島を東西に分断していた溝の西側の境界線ですが、実はこの溝の東側の境界線は未だに分かっておりません(仮説はありますが、地層など確認されていません)。

ところで「溝」には「壁」同様、凹凸の違いはあるものの、「隔て」のような意味合いがあります。「壁」に関しては、かつてのベルリンの壁、あるいは省庁の壁、養老孟子氏の新書著作にあります「バカの壁」「超バカの壁」「自分の壁」それに「死の壁」など、越えられない、転じて理解し合えないなどの比喩的言葉として使われます。今回のコラムのテーマは「溝」、壁と同様に相互の関係や距離を隔てる意味では共通しますが、ニュアンスとして、落とし穴、埋め合わせ、裏付けといった意味合いを含み、これらの論点から医療現場に切り込み、最新の話題に焦点を当てつつ分野を越えた過去の事件事故の歴史を振り返りながら、医療の現状を考えて参りますので、ぜひ最後までお付き合いください。

テクノロジーとヒト

 テクノロジーと事件事故

まだヒトが技術を使う立場にあった時代、新たなテクノロジーが導入される初期には事件事故が発生し易く、これは後述するコンピューターやAIがヒトを制御する時代にも同様です。今世紀は将に医療裁判で幕を開けました。2001年東京女子医大事件:人工心肺装置の不要箇所に設置されていた薬事法適応外のフィルターが閉塞したことが事故原因で、予見不能であったというのが判決要旨の事故でした。2002年慈恵青戸病院事件:腹腔鏡手術技量の無いまま手術経験を積もうとの目的で同術を継続し、術中止血を怠り適切な時期に開腹手術への変更判断を怠り、患者を死に至らしめたという判決要旨でした。これらは当時の技術とヒト(医師ら)との溝に生じた事故でした。

時を同じく司法でも悲劇がありました。足利事件。DNA鑑定を礼賛するその昔、2000年7月最高裁は菅谷さんに無期懲役を言い渡しました。後に冤罪が確定した事件です。同時期、飯塚事件では、同じくMCT118型によるDNA鑑定がなされ、後に被告は死刑執行されています(有罪か冤罪かは現在係争中です)。繰り返しますが、新たなテクノロジーの初期には大きな過ちや事件・事故が付き物です。

 オンライン診療

それではオンライン診療はどうでしょう。新型コロナ感染症の拡大を機に、その導入と有用性が叫ばれてきた現況、このシステムを恒久化すべきか(恒久化はほぼ決まっています)が、来年度の診療報酬改定の大きな焦点となっています。以前より、対面診療でなければ見逃される疾患・病態が指摘され、多くの危険性が指摘されるのに加え、診療報酬面でも開業医初め医師の多くはこの件に懐疑的です。現在そのせめぎ合いが進行中で、①全くの初診の場合は「診療前相談」が必須で、その後のオンライン診療の可否の判断が必要とされる、②「かかりつけの医師」においてオンライン診療を可能にする場合、「かかりつけ医師」の定義のし直しとして、以前に対面診療したことがある要件など、非常に煩雑で理解しずらい前提と手続きの必要が纏められつつあります。ここまでして診療報酬を抑えたいかという疑念もありますが、本コラムでの本質、オンライン診療という技術を利用した診断・診療の有用性と事故との「溝」を埋めるべく方策が、前時代的なマニュアルの整備に頼るという、全く本末転倒の様相を呈していることに着目されます。

 ゼロリスクとRNAワクチン

先の医療裁判の時代は、医療崩壊が最初に叫ばれた時期で、「医師のミスは犯罪か?」「患者は消費者か?」といった言葉が躍り、小松秀樹先生による「医師の立ち去り型サボタージュ」という言葉に代表される、将に医療崩壊の危機でした。医師・治療にはゼロリスク、完全な安全が要求され、病気になるより医療行為での問題が糾弾される、何故私だけが被害者という感情(ヒューリスティクス)に対し、医療側はリテラシーの欠如として捉え、「医療の不確定性」という概念の主張、インフォームド・コンセント、セカンド・オピニオンといった二重三重の防衛策を講じ、医療行為に対し極めて煩雑な書類(訴訟回避マニュアル)作成のための膨大な時間が費やされるに至りました。

ゼロリスクは日本特有なワクチン医療行政にも典型的に現れます。HPVワクチンはその苦い歴史の典型です(ただ、この原稿を書いている今日、HPVワクチンの積極的推奨が再開されました)。現行のRNAワクチン(新型コロナワクチン)に関しても大いに当てはまりまして、ゼロリスクを希求する動きは常に存在します。確かに、救済制度という穴埋めが実質機能していない現状、発展途上との見方も無い訳ではありませんが・・。総じてこれらは、ヒューマンエラー、技術自体の問題に対する対策・穴埋めですが、ひいてはヒトとヒト(次回改めて詳述します)、現代版の医師と患者の「溝」へと繋がっていく系譜となります。

技術革新の法制による裏付け

 生殖医療

医療面での技術革新には法制の整備が必要なことが多くあります。直近の問題として、次年度診療報酬改定における生殖医療の保険適応範囲の策定は今回の改訂の最大の争点です。これまで、一般不妊治療(タイミング療法、卵巣刺激法、人工授精など)の多くは保険適用ですが、特定不妊治療(体外受精や顕微授精)は自由診療でした。加えてわが国では混合診療は原則認められず、自由診療部分の不妊治療を含む場合は全額自己負担です。ただ、菅義偉内閣では、少子化対策として不妊治療への保険適用に舵を切り、特定不妊治療費助成制度で助成額の増額や所得制限の撤廃を行い2020年度に実現しました。

そうした中、特定不妊治療に含まれる治療も2022年度から保険適用が始まります(例外あり)。つまりこれの意味する本質は、不妊治療の内容の標準化と診療報酬の適正化の実現です。かつて諏訪マタニティークリニックは生殖医療に多くの問題提起をして来ました。倫理問題を含め制度上での裏付け、埋め合わせが必須であり、現在進行形で議論が進んでおります。

 移植医療

1997年の臓器移植法の施行で脳死下の移植臓器提供が可能となりましたが、厳密な脳死判定基準に加え、本人の書面による意思表示と家族の承諾を必要とするため15歳未満の臓器提供が出来ませんでした。その後、イスタンブール宣言により臓器移植推進が求められ、2010年の改正臓器移植法の施行によりその点が克服されました。これら脳死移植に関しては多くの議論と時間が費やされ、かなり確立された医療法制とみなすことが出来ると思います。

 尊厳死と終末期医療

一方で数々の事件が起きているのが尊厳死・安楽死問題であり、延命治療・終末期医療とインフォームド・コンセントのありかたを巡る問題です。1991年東海大学安楽死事件(末期癌患者への塩化カリウム投与、執行猶予付き有罪)、1998年川崎協同病院事件(気管内挿管抜去後ミオブロック投与、殺人罪)、2009年射水市民病院事件(人工呼吸器取り外しの疑い、不起訴)、2020年京都ALS委嘱殺人事件(胃瘻からのバルビツール酸系薬剤投与の疑い、起訴)など。超党派国会議員による「尊厳死法制化を考える議員連盟」は死期が間近な患者に対し延命治療を中止しても刑事、民事、行政上の責任を問われないとする法案を作成しながら、障害者団体などから反発の声が相次ぎ、国会には未提出のままです。

議連は活動目的が「安楽死の容認」と混同されることを避け、「終末期における本人意思の尊重を考える議員連盟」と改称も法制化に向けた進展はありません。現状、1962年の名古屋安楽死事件の高裁判例の違法阻却事由6要件全てが満たされるべく、その後1995年の東海大学安楽死事件の横浜地裁判決で4要件に縮小されましたが、基準となりうる法制による埋め合わせは全くできておらず、判例の適用は当然にして裁判以降ということになります。

 再生医療・遺伝子治療

ESやiPS細胞初期化によるノーベル賞受賞から華やかに脚光を浴びた再生医療、今や各臓器再生に補助的な部分で実臨床への応用がなされています。例えば心筋シートは、2015年のハートシートが条件付きで保険適応され、iPS細胞からの心筋シート再生治療が、2020年阪大グループにおいて医師主導治験としてヒトへの3例の移植を完了しており、慶應大と提携したベンチャー企業Heartseed株式会社は、iPS細胞から再生心筋細胞を高純度に精製し心筋球なる微小組織を作製し、左室機能低下部位に移植、心筋が患者の心臓に生着し同期して収縮、移植した細胞が時間とともに肥大し心機能を補填することまで確認しています。

さらにゲノム編集とのダブルノーベル賞技術を駆使したCRISPR freeゲノム編集/iPS遺伝子治療は画期的治療技術ですが、まだ克服すべき基礎研究が残っている段階です(CRISPR-Cas9は生体のDNAを切断するため、関係ない遺伝情報を変更あるいは、自己免疫による生体への悪影響など、ヒトの遺伝子治療はじめ最も活用したい医療分野での安全性への懸念が完全に払拭できません。CRISPR-Cas9の抱える課題を克服するなどゲノム編集技術を巡り、欧米中を中心に研究開発競争が繰り広げられ、様々なCRISPRの派生技術が生まれています)。今後資金問題の克服、倫理問題・法制の整備を含め克服すべき問題も多く、実臨床への応用には今しばらくの時間がかかりそうです。

コンピューター・AI時代とヒト

 コンピューターとヒトのせめぎ合い

最近は技術を超越し、コンピューターがヒトを凌駕する時代へと変わりつつあります。心電図を測定すれば同時に診断(読み)が表示されますし横軸の診断に関しては医師より上かもしれません(時折Af の誤った診断はありますが、ブロック、QT延長などは将に。ただし縦方向の診断には微妙な判定も多いです)。自動血圧計や体温計に至ってはシステムの表示に従属するしかありません(血圧などは看護師が改めて測定する、ショック時の対応など例外はありますが)。ただ、人間を越えた部分もあれば、その逆もあり、相互の溝の補填や埋め合わせでより強力な頭脳や技術となり得る可能性が大きいですが、両者の溝においてやはり過去に悲劇を繰り返しています。

いずれも医療分野とは異なりますが、1994年中華航空140便墜落事故(詳細は省きますが自動操縦モードで操縦桿を押したことでの機首挙上、着陸失敗)、2009年エールフランス447便墜落事故(自動操縦解除での機体の失速時のヒューマンエラー)、2016年軽井沢スキーバス転落事故(あくまで可能性ですが、6段変速のフィンガーシフト式で無理なシフトダウンを行おうとすると、エンジンのオーバーレブ破損防止のためニュートラルか元のギアに戻るようプログラムされ、止む無くニュートラル走行でエンジンブレーキなどが効かず減速できなかった可能性)、2016-7年棋界を揺るがせた将棋ソフト不正使用疑惑騒動(冤罪事件となるもヒトは将棋においてコンピューターには勝てないことが暗黙の内に暴露された意義)、などがあります。

 顔面認証付きカードリーダーとアルゴリズム

10月より顔面認証付きカードリーダーによるオンライン資格確認が開始されましたが、顔認証に関して失敗は無いのでしょうか。以下に代表的機種を挙げて少しおさらいしておきます。

① 富士通ジャパン:Caora

② パナソニック システムソリューションズ ジャパン 製品

③ アルメックス:マイナタッチ

④ キャノン マーケティング ジャパン:Hi-CARA

いずれも認証のスピードに驚きます。顔認証はもともと犯罪捜査やテロリストの発見に用いられ、入国審査にも使われていますが、入国審査官は本人でないパスポートの14%を見逃して、本人の6%を別人と見誤ったそうです(’Passport officers’ errors in face matching’, PLOSOne, 18 Aug. 2014)。ヒトは見知らぬヒトの顔を見分けるのが全く苦手のようで、その点では圧倒的にシステムが優れているようです。反対に診察室に連れてこられる双子の兄弟姉妹を親御さんは容易に見分けられます。

顔認証のプログラムは大きく2種類があり、3D方式のアルゴリズムと、アルゴリズムに試行錯誤をさせて学習させるいわゆるニューラルネットワークが利用されており、後者の導入で飛躍的に認証精度が上がりました。ただ私自身は顔認証にはかなり懐疑的で、見ず知らずの何人かの顔と顔写真付き身分証明書をチェックするのは比較的簡単なように思われますが、犯人捜しやマリオ探しのような場合の感度はかなり下がるのではないでしょうか。

 医療用AI

さて、アルゴリズムやAI(人工知能)の医療現場への応用は既に幅広く、まとめれば一冊の書籍となりそうな程ですが、画像診断を初め、究極の病理診断にも応用されようとしています。常に問題となるのは感度(sensitivity)と特異度(specificity)のバランスで、いずれかが極端に強調されるプログラムとなりがちです。病理医は特異度が問題となることはほぼゼロに近く正常細胞を異常と診断することはない反面、小さながん細胞を見逃すことがあるようで、感度的にはシステムが優れているとのことです。以上から思うに、システムと病理医のお互いの長所を生かせば素晴らしい診断が出来そうで、将に相互の溝を埋められそうです。

ところで病理医の診断で難しい所は、正常と癌の中間的な細胞組織が将来癌化するか、免疫監視機構に捉えられるかといった予測です。この場面ではいわゆるパターン認識のアルゴリズムの時代から、今や無数の調節つまみが付いた数学的構造物(もはや得体のしれないblack box)の登場で、入力された画像をこれらのつまみを調節することで自ら学習していく人工知能、深層学習、いわゆるニューラルネットワーク(既出)を使い認識していくAI時代の到来により、実現化されつつあります。ハーバード大病理学者ベックが設立したパスAIに始まるそのアルゴリズムでは、がん細胞自体でなく周囲のストローマの異常から患者の生存率を予測しており、現在最も進んだ領域かもしれません。一方で、病気の鑑別診断を行うプログラムでは苦戦を強いられているようで、IBMが医療分野に進出してからも多くの困難に直面しています。何より専門的医療の分野では、コンピューターに正確な情報を読み込ませるための専門家を、何年もかけて育成しなければ・・とのことです。

今後ヒトとコンピューターの判断それぞれが天秤にかけられる機会も多くありそうです。医師の直感を貫くことには相当な勇気が必要となりそうですが、過去の教訓からも、最後の決断の前にヒトがコンピューターの提案を拒めるようにすべきなのが重大なミスを防ぐ唯一の方策に思われます。パイロットが口にする冗談に、飛行機を飛ばすための最良のフライトチームには三つの要素、すなわちコンピューターとパイロット、それに犬が必要だというのがあります。コンピューターが飛行機を飛ばし、パイロットは犬に餌をやる。犬の役目はコンピューターに触ろうとするパイロットに嚙みつくことだと。医師はこうはなりたくないですね。

ネット時代の情報の罠、ヒトとヒトの溝

以上、既に字数も多くなりましたので、次回は同じテーマで遺伝情報や、口コミ情報など含め情報化社会、ネット時代の医療と、人間同士の溝などの切り口で、連載コラム第10弾としておおくりしたいと思いますので、ご期待ください。

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