南浦和こころえクリニック 院長 石井辰弥 先生
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ご経歴
広島県出身。北里大学医学部・日本医科大学大学院卒業。日本医科大学病院精神神経科に入局後、精神科専門病院、精神科救急病院などで幅広く研鑽を積み、放射線医学総合研究所にて医学博士を取得。臨床と並行して企業向けメンタルヘルス分野にも注力され、港区に産業医事務所「ウェルストン産業医事務所」を設立。医療と企業支援の双方で実績を重ね、働く人の心の健康を支える活動に精力的に携わっておられます。
2025年4月に小山メンタルクリニックを継承し「南浦和こころえクリニック」を開院。産業医事務所の代表・統括産業医として、また院長として、働く世代に寄り添うメンタルヘルス医療と地域に根ざした精神科診療の提供を両立されています。精神科に関連する資格はすべて取得する石井先生に、今回の継承開業という選択を振り返りながら、印象に残っている出来事や今後の展望についてお話を伺いました。
南浦和こころえクリニック 石井辰弥 院長 継承開業インタビュー
継承開業を経た現在の率直なお気持ちは?

継承開業して8か月経ちましたが、非常に嬉しい悲鳴といいますか。いま非常に多忙な状況でクリニックをご評価いただいている、そういった状況です。
先生が医師を志したきっかけをお聞かせください

もともと脳科学に興味があったんです。脳科学の分野というと脳神経外科であったり、神経内科・精神科といったものが候補に挙がってきますが、その中でも私は脳の非常に微細な構造に興味があったので、精神科を選びました。私は大学院での研究も、脳のPET画像で学位を取得しております。
開業を選択した経緯や背景について

私は「勤務医をやりながら産業医事務所(※ウェルストン産業医事務所)を起業した」という経歴です。産業医事務所というのは、いわゆる企業から産業医業務を請け負って、企業の立場から医学的なアドバイスをするわけです。しかしやはりそういった産業医からの業務だけでは、限界があって。「実際にメンタルクリニックで医療を提供する場というのも必要だ」と、自分の中では常々感じていました。それで、産業医事務所も運営しつつクリニックもやっていく。そういった方針をとらせていただきました。
先生が産業医事務所(ウェルストン産業医事務所)を設立した理由は?

私が最初に産業医を行ったのは大学院の時です。大学院は放射線医学総合研究所で学位を取っていますが、その時は研究所ということもあり比較的時間に余裕があったので、産業医業務を行なって業務内容もそちら(産業医)の方を勉強する、そういった機会にも恵まれて。
そのような経験が積み重なっていって、産業医でも自分のやりたい産業医の方針といいますか。「特にメンタルの方を突き詰めた産業医としてやっていきたい」、そういう思いもあり、それで産業医事務所を立ち上げました。
継承案件についてはどういった軸を重視し探されましたか?

私自身は都内在住ですが、今回継承開業したのは埼玉の南浦和です。やはり産業医で対応していても、非常に遠くから…埼玉、千葉、神奈川、東京の郊外から通っている患者さん、それからビジネスパーソンの方も非常に多くいらっしゃいます。働く方々は埼玉にも多くいますし、実際にお住いの方々もいらっしゃいますので、そういったシナジーも含めて埼玉でクリニックをやれれば、と思いました。あえて都心ではなく埼玉を選んだ、という形です。
実を言うと、新規開業も選択肢に入れてはいましたが、いかんせん私は産業医事務所でも代表という立場で運営しています。そのため時間的な余裕がない、という点がまずありました。さらに新規開業ということで言うと、コストもかかるといった状況です。あとはやはり継承開業ですと「熟練のスタッフの方がもう既に実際に働いている」ということもあってですね。やはり新規開業よりも、個人的には継承開業の方に重きを置いて探していた。それで、こういう形になりました。
実際に継承案件をどれほどの期間探索し、何軒ほど検討しましたか?

今回こちら(メディカルプラス)でお世話になりましたが、いくつかの仲介会社から情報が入るように登録はしていて、都度自分の中で「これは」と思うようなものがあれば、実際に現地に見に行くなどを、幾つかしていました。だから4、5軒くらいは見に行ったりしました。
小山メンタルクリニックさん(現:南浦和こころえクリニック)は5軒目くらいです。4、5軒見に行った中で、やはり自分の心に一番響くものがありました。
交渉から最終契約までで、印象に残ったことや大変だったことは?

今回の南浦和のクリニックということで言うと、交渉期間がかなり限られたという点が、まず自分の中では大変だったかなと思います。それは前任の小山先生が高齢になられていて、ご自身の引退を、かなり直近に見据えられていたということもありました。お話をいただいてから決定するまでの期間があまりなかったということから、迅速な決定をまずしないといけない。そういった中でいろいろなクリニックの概要であったり、もちろんいろいろな場所であったり、精査する必要がありました。時間的なそういった制約が、まず大変だったかなと思います。
意思決定に至った決め手と言われたら、なかなか難しいんですけれども。最初に資料だけを見たときは「ちょっとわからない」というのが実際で。僕、実際に南浦和まで自身の足で来てですね、クリニックを休診日ですけれども見に行って。どういった場所にあるか、またどういった建物なのかというのを見て。その時に「ああ、ここだったら」と。継承を進めたいと。本当に決め手というか、もう第1印象ですね。
最終契約からクロージングまで、約5ヶ月間の引き継ぎ期間。印象深かったことや大切にされていたことがあればお聞かせください

やはり継承を決めてからクロージングに至るまでというのは、いろいろ整えないといけないことが多いわけですが、個人的に一番大変だったのは、不動産関係のところかなと思います。
こちらのクリニックにはオーナーの方がいて、管理を他の不動産管理会社に任せていたのですが、不動産管理会社の対応が遅くて、何か月経っても全然進まないような状況が続きまして。もう本当にこれ以上伸びたらいろいろな不動産関連、例えばクリニックの看板なども含めて間に合わないと。そういったような状況に陥って、そこが非常に大変だったかなと思います。
スタッフや患者さんとのコミュニケーションに関しては、今回継承した小山メンタルクリニックは住宅街にあるクリニックなので、患者さんはこの近隣の方が中心ですが、前任の小山先生が非常に地域に根をはった医療を展開されていて。そういう意味では私ももう、きちんと診療されている患者さんを引き継いだという形で、かなり安心して引き継げたというものがまずあります。あとはスタッフも非常に親切丁寧な方が多くてですね。もうこの近隣に根付いている、実際にこの近くに住んでいるスタッフということもあって。そういうところがこのクリニックを引き継ぐにあたって、非常に良かったと思います。
(展望や運営方針については)産業医事務所も経営しておりますので、やはり働く人に医療を提供し企業との繋がりを大切にしていきたいです。そしてこちらの住宅地にあるクリニックでは、近隣に住んでいる方々、そういった方々に地域に根差した医療を提供していく。そういった運営方針で今進めております。
クリニック名の由来やロゴ、ホームページのデザイン、クリニックの内装に込めた想いはありますか?

クリニック名は「南浦和こころえクリニック」。平仮名で「こころえ」ですけれども、これには意味がありホームページにも載せていて、私の造語です。忙しいという字は「心を亡くす」と書くわけですが、逆に心を亡くすのではなくて「心を得られる」クリニック。心を得られる診療にしたい、そういうコンセプトなんです。その心を得るというのを略して、「こころえ」というふうにして、クリニック名にしています。
クリニックのホームページについては、ホームページ会社からは、私が産業医事務所をやっていることから「クールなイメージで作ったらいいのではないか?」というような提案もありました。でも私はそうではなく、もちろん産業医もやっているので働く人を診るのではあるんだけれど、より柔らかな雰囲気、ビジネスライクなクールな雰囲気ではなくて、柔らかい雰囲気で作ってください、と。そういう風にお願いして、今のものになっています。(患者さんからの評判については)そうですね、非常に好評をいただいております。色使いが柔らかな雰囲気で心休まる、と、そういったご感想もいただいております。
クリニックの内装自体は小山メンタルクリニック時代のものを引き継いで使っていますが、例えば受付に置いてある花(造花)なども継承してから別のものを用意し、雰囲気に合う形に整えたりしました。こういったホームページも含めて一気通貫でイメージを統一するという、コンセプトを統一するために細かいところまで留意して、デザインを整えています。
産業医事務所の代表とクリニック院長、2つの経営を担う中で、求められる視点や判断の違いはありますか?

産業医事務所はいわゆる株式会社の形態にしていまして、私自身は会社社長、兼クリニック院長という肩書きになるわけですが、これは本当にもう全然違ってですね。やはりクリニックの経営というのは、特にこちらは保険診療でやっていますので。いろいろな保険診療に伴う行政との関わりであったり、そういったものがやはり、産業医事務所とは違うところだと思います。
産業医事務所は企業との1対1のいわゆるBtoBの契約ですから、そこだけで完結します。しかしやはりクリニックは行政との関わりがあります。そういったところが、やはり大きな違いかなと思います。
継承開業後の運営について、課題感などがあれば教えてください。

小山先生がご引退、クリニック自体10数年と運営されていたということで、スタッフもやはり長く勤めてらっしゃるベテランの方が多いです。そういう意味では非常にベテランの良い側面というものがありましたが、逆に例えばパソコンであったり電子カルテであったり、そういったところ(電子化)に慣れていないという部分もあります。なので、まずは慣れ親しんでいただくと。まず自分の中で頭を悩ませながら、試行錯誤で進めていっています。
もちろん逐一電子化対策については進めており、もう2か月後から電子カルテを導入するわけですけれど、対策はそれこそ、先ほど話したような(電子化にともなう)スタッフ教育が一番課題かなと考えております。
今後のビジョン、また何歳まで現役でありたいなどの展望は?

クリニックを始めた一番のコンセプトが、やはり産業医事務所とのシナジーということで考えていますので、5年後10年後というと、やはりいわゆるこう…企業との関わりであったり、そういったものをより強くしていきたい。個人的にはそういう風に考えています。
(いつまで現役かについては)個人的に例えばなのですが、サッカーの三浦知良選手であったり、あとは料理界でいったらすきやばし次郎という90歳以上になっても寿司を握っている方がいらっしゃってですね。個人的には生涯現役というような、そういったドクターに憧れを抱いています。
(事業の拡大については)今回クリニックを継承開業したことで、クリニックだけではなく産業医事務所の方でも、実を言うとクライアント企業のオファーが増えたんです。やはりクリニックの拠点が増えたので、何て言うんでしょうね、近くの事業所からのオファーが増えた、ということがあって。産業医事務所もそういった形でクライアント企業を増やしていって、そしてクライアント企業が増えれば、いわゆる「産業メンタルが得意」という特徴がクリニックの方にもできますので。
働いている方が受診をしやすい、また希望される、そういったケースも増えています。今後の展望としてはそういった相乗効果を狙って展開をしていきたいと、そういう風に考えています。
継承についてご家族とご相談をされましたか?またクリニック運営にあたりご家族との関係に何か変化はありましたか?

私の妻は、そういった特に私がやりたいことに対して特に反対などは一切なかったので(笑)。そういう意味では家族に縛られるとか、そういったことはなく進めることはできたかな、と思っています。実を言うと今まで妻は会社員をしていましたが、私が継承開業でクリニックを立ち上げるにあたり退職し、今はいつもではないんですけれども、要所要所で例えばパソコンの設定だったりいろいろ機器の設定ですね、マイクだったりとか含めて色々手伝ってもらっていると。そういう状況です。
事業計画と実際の運営を比べてみて、現状は想定に近いと感じていらっしゃいますか?

結論から言うと、想定以上の結果が出ているという状況です。色々な理由があると思いますが、やはり今回の小山先生がやってらっしゃったクリニックのベースの部分というのが、本当に非常にしっかりしていたというものがあって。小山先生が本当にきちんと…精神科の精神保健指定医をきちんと取得されているなど、本当に患者さんに密着した地域に根差した診療をされていたので。そういったところからも本当に「このクリニックじゃないとだめ」という患者さんが、まずいらっしゃった。
そういったベースがあった上で、さらに私が色々な施策を行って。ホームページについては非常にこだわったんですけれども、こだわったということもあり4月の開業当初には全然間に合ってなくて(笑)。4月から1か月経ってからぐらいで完成しましたが、それぐらいに文言も疾患説明の文言もこだわって作成したんですね。だから、そういったこう…色々なテコ入れも、かなり実を言うとこだわりを持って行ったと。そういうこともあって、非常にいい結果が出ている状況です。ホームページの制作はトータルで3ヶ月ぐらいかかったかなと思います。
継承開業後、プライベートの時間は取れていらっしゃいますか?

プライベートの時間はもう本当にそうですね、平日帰って夜と、あとはそうですね、日曜日。犬の散歩をする時間は取れていますね。やはりクリニックと産業医事務所の運営、ということでいうと、やはり事務作業だったりの質が違い、そういったところで非常にやはりかける時間も違っていてですね。そういう意味ではやはり当初の想定以上に忙しくなっている、というのが実際のところだとは思います。
医院継承のメリットとデメリットについてお聞かせください。

メリットは勿論その継承の案件にもよると思いますが、まずは「ショートカットができる」ということです。いわゆる新規開業の場合というのは、ゼロからスタッフを集めて物件もゼロから自分で探して。そして自分で内装設計会社と相談をしながら作っていって…という、そういったことをしていかないといけない訳です。
継承でいうと、まずスピード感ですよね。(新規で)ゼロから作っていくというのは非常にこだわりを持つことができますが、継承はスピードアップしてショートカットができる。特にドクターは、勤務医の方も非常に忙しい方が多いので。そういう意味では忙しい方はやはり、継承に向いていると思います。
デメリットは今もお話ししている通りですね、もともとあったクリニックを承継譲渡するということなので。ちょっと自分の中で「ここはもうちょっとこうだったらいいな」という面は、診療経営を行っていく中で、自分の中で折り合いをつけながらやっていかないといけないといのは、やはりあると思います。
個人的にやってよかったと思うことと、逆にもう少しこうしておけばよかったかなと思うようなことはありましたか?

そうですね。ここがやってよかったというのは、やはりコンセプトを、もう本当に「細かいところまで詰めながら作っていった」というのが今の好評につながっていると思いますので。例えばロゴ一つとっても、業者に丸投げするのではなくて、私がラフスケッチを描いて。それをロゴのプロの方とやりとりをしながら、コンセプトを伝えながら絞り込んでいったり、そういうことまでしているんですね、もう本当に細かいところから。そういったことをすることで、かなり継承案件とはいってもコンセプトを詰めることができました。そういうところは非常に(細かく)進められてよかったというところですね。
で、「ちょっとやりきれなかったな」という部分はもちろんあるわけですけれども。例えば、小山先生が非常にしっかりした先生で、承継譲渡としてのそういった私としての視点も非常にご理解いただいて。やはりちょっと古くなっている物件でもありますので、内装で小山先生から「ここは直して私が提供するけれど、どうですか」といった提案もありましたが、ちょっと遠慮して断ってしまってですね。例えばここのクーラーとかエアコンとか、新しくして差し上げますっていう提案があったんですけれども。それちょっと私、遠慮して断ってしまって(笑)。そこは非常にやっぱり甘えておけばよかったと非常に後悔しております。
最後に、継承開業を検討中の方にアドバイスがあればお願いいたします

承継譲渡案件というのは色々ありますけれども、自分自身の医療のスタイルにあったものを選んでいくというのが非常に大切だと思います。非常に魅力的な物件は、案件は色々あるかと思うんですけれども、自分自身のスタイルに合っていないものだとやはり後悔は残ってしまいますので、そういった視点も含めてご検討いただきたいと思います。
この事例を担当したのは、弊社アドバイザー 成塚 航です
新卒から現在まで一貫して医療業界に従事し、数多くの先生方とお会いしてきた経験を持つ。先生方とのコミュニケーションの中で地域医療の後継者問題に触れ、これまでの経験を活かした課題解決を志し、メディカルプラスに入社。「先生方により疑問を抱かれる点は様々。その抱える疑問を一つでも多く解消する心に寄り添ったサポートをしていきたい」と、丁寧にお話をお伺いする姿勢で日々支援に取り組んでいる。




